― コーチングにおけるセルフコーチングの本質 ―
「この後輩、本当に成長できるだろうか…」
「何度伝えても変わらない。もう期待しない方がいいかもしれない」
支援者として、誰かを育てる立場にあるとき、こんな思いが頭をよぎることはないでしょうか。
そして同時に、こんな自分に罪悪感を感じる。
「信じてあげたいのに、どこかで疑ってしまう」
「応援したいのに、心のどこかで諦めている」
もしあなたがこうした葛藤を抱えているなら、それはあなたが冷たい人間だからではありません。
実は、ここにコーチングの本質が隠れています。
人は、自分が変われた経験の分だけしか、他人を信じられない。
これは厳しい現実であり、同時に、希望でもあります。
なぜなら、「信じる力」は才能ではなく、自分の体験によって育てられるものだからです。
なぜ「信じたいのに、信じきれない」のか
多くの支援者は、誠実です。
- 後輩を育てたい
- 患者さんを支えたい
- チームを良くしたい
- 誰かの可能性を信じたい
本気でそう思っている。
それなのに、どこかでこんな感覚が顔を出します。
- 「でも、この人は難しいかもしれない」
- 「何度言っても変わらないタイプだ」
- 「正直、期待しすぎない方がいい」
例えば、こんな場面
新人看護師への指導場面で
何度も同じミスを繰り返す新人に対して、 「この子、向いてないんじゃないか」と思ってしまう。
振り返ってみると、 自分自身も新人時代、同じようなミスを繰り返していた。
でも、自分には「乗り越えた記憶」がある。
だから本来なら、「自分も乗り越えたんだから、この子も大丈夫」と思えるはずです。
それなのに、なぜ信じきれないのか?
実は、問題は別のところにあります。
「同じミス」を乗り越えた記憶はあっても、
その後、自分が新たに直面している「別の壁」を、まだ越えられていないからです。
例えば、
「厳しいことをはっきり伝える」という壁
「相手の反応を恐れずに向き合う」という壁
「完璧を求めず、成長を待つ」という壁
こうした今の自分が越えられていない壁があると、 新人の成長も信じられなくなります。
「この子には無理かも」という判断は、
実は**今の自分が越えられていない壁を、相手に投影している**だけかもしれません。
このとき起きているのは、相手の問題ではありません。
自分自身の「今、越えられていない壁」の存在です。
人は「他人」を見ていない。自分の履歴を見ている
人は、他人を評価するとき、実はその人を“そのまま”見ていません。
無意識に、こう問いかけています。
- 自分は、ここから変われたことがあるか?
- 自分は、同じ状況で一歩踏み出せたか?
- 自分は、怖さを越えた経験があるか?
この問いに「YES」が多いほど、人は他人を信じられます。
逆に言えば、
自分が越えられなかった壁の向こうにいる人を、心から信じることはできません。
それは冷酷さではなく、人間の構造です。
では、どうすればいいのか?
答えはシンプルです。
自分自身が、もう一つ壁を越える。
- 怖かったけど、やってみる
- 無理だと思ったけど、踏み出す
- 逃げたくなったけど、向き合う
- 失敗したけど、立て直す
こうした変化の体験を、自分の中に一つ増やすこと。
それが、あなたの「信じる力」を一段階引き上げます。
そして、それこそがセルフコーチングの本質です。
セルフコーチングとは「技術」ではない
ここで言うセルフコーチングは、
- ポジティブ思考になること
- 自己啓発的に自分を励ますこと
- 感情を抑え込むこと
ではありません。
セルフコーチングの本質は、これです。
自分の中にある「変われない前提」を、一つずつ疑い、体験で書き換えていくこと
つまり、
- 怖かったけど、やってみた
- 無理だと思ったけど、踏み出した
- 逃げたくなったけど、向き合った
- 失敗したけど、立て直した
この変化の体験を、自分の中に増やしていくことです。
セルフコーチングの実践法 ― 4つのステップ
ステップ1:自分の「変われない前提」に気づく
「私は人前で話すのが苦手だ」
「私は厳しいことを言えない性格だ」
「私は計画的に動けないタイプだ」
こうした「前提」を、まず言語化します。
ステップ2:その前提を「試しに」疑ってみる
「本当に?」
「一度もできなかったっけ?」
「もし、ほんの少しだけ違う行動をしたら?」
完全に否定する必要はありません。
ただ、「試しに疑ってみる」だけです。
ステップ3:小さな一歩を踏み出す
完璧を目指す必要はありません。
人前で話すのが苦手なら
→ まずカンファレンスで一言だけ発言してみる
厳しいことを言えないなら
→ 「ここは改善した方がいいと思う」と、一度だけ伝えてみる
計画的に動けないなら
→ 明日の予定を3つだけ、前日にメモしてみる
0点から30点を目指す。それで十分です。
ステップ4:体験を振り返り、書き換える
「思っていたより、できた」
「怖かったけど、言ってみたら案外大丈夫だった」
「完璧じゃないけど、一歩踏み出せた」
この実感が、あなたの「前提」を少しずつ書き換えていきます。
そして、自分が変われた分だけ、他人の変化も信じられるようになります。
📍実践ワーク
今日、3分だけ時間をとって:
- 自分の「変われない前提」を一つ書き出す
- 「本当に?」と問いかけてみる
- 明日できる「小さな一歩」を決める
セルフコーチングが止まる4つのパターン
これは能力の問題ではありません。
誰もが陥りやすいパターンです。
パターン1:正しさで自分を縛る
「こうあるべき」「こうしなければ」という枠に、自分をはめ込んでしまう。
正しさは大切ですが、時にそれが変化のブレーキになります。
例:
「リーダーは常に冷静であるべきだ」と思い込み、不安や迷いを表に出せなくなる。
パターン2:理屈で感情を無視する
「論理的に考えれば…」と頭で判断し、怖い、不安、迷っている、という感情を押し殺す。
しかし、変化を阻んでいるのは、論理ではなく感情であることが多いのです。
例:
「後輩に指摘すべきだ」と頭ではわかっているのに、「嫌われたくない」という感情が行動を止める。
パターン3:「自分はもう十分やっている」と思い込む
「これまで頑張ってきた」
「もうこれ以上は無理」
その思いは、正当です。
しかし、その瞬間に成長は止まります。
例:
「私はもう10年やってきた」と思った瞬間、新しい学びを受け入れなくなる。
パターン4:変わらない理由を、環境や他人に預ける
「職場の雰囲気が悪いから」
「上司が理解してくれないから」
「時間がないから」
これらは事実かもしれません。
しかし、その状態で「変われる部分」は必ずあります。
例:
「うちの病棟は忙しすぎて、教育なんてできない」と決めつけ、5分でもできることを探さなくなる。
そして不思議なことに、
自分の変化が止まると、他人に対しても「変われない理由」を探すようになります。
自覚があるかどうかはわかりませんが、人は、自分ができないことを他人ができると思うことは、ほとんどありません。
自分が止まると、支援は必ず崩れる
コーチングがうまくいかなくなる瞬間があります。
- 相手の成長が遅く見える
- 同じところでつまずいているように見える
- 「やる気がない」と感じてしまう
- つい指示や正論が増える
これは、相手が止まっているのではありません。
コーチ自身の変化が止まっているサインです。
自分が最近、
- 怖い選択をしたか?
- 失敗を引き受けたか?
- 価値観を書き換えたか?
- 自分の弱さを直視したか?
ここが止まると、支援は「信頼」から「管理」に変わります。
だから、セルフコーチングが最優先になる
順番は、こうです。
1. 自分が変われた体験を積む
怖かったけど、難しかったけど、努力を重ねてできた。
自分では無理だと思っていたけど、やってみたら意外とできた。
2. 「人は変われる」という実感を持つ
自分も変われたのだから、相手も変われる。
この確信が、身体に入ってくる。
3. だから、他人の変化を、焦らず待てるようになる
「この人はまだ時間がかかるかもしれない。でも、大丈夫」
そう思えるようになる。
4. 支援が“押す”から“信じる”に変わる
「早く変わってほしい」という焦りが消え、
「この人は必ず変わる」という静かな信頼に変わる。
セルフコーチングができていないコーチは、どうしても「自分の限界」を相手に投影してしまいます。
それは悪意ではありません。
構造的な必然です。
だからこそ、まず自分が変わる。
それが、支援者としての最優先事項になります。
信じる力は、才能ではない
人を信じられる人は、特別な人ではありません。
- 何度も怖さを越えた人
- 何度も失敗して這い上がってきた人
- 何度も壁を超えてきた人
そういう体験を積み重ねてきた人です。
もしあなたが今…
- 人を信じきれない自分がいるなら
- 支援がどこか空回りしているなら
- 相手にイライラしてしまうなら
それは、あなたがダメな支援者だからではありません。
もう一段、自分が変わるタイミングが来ているサインです。
そして、ここからが大切です。
「自分が変わる」とは、完璧になることでも、スーパーマンになることでもありません。
ただ、今日より明日、少しだけ違う選択をすること。
それだけです。
小さな一歩を、もう一度踏み出してみる。
その積み重ねが、あなたの「信じる力」を育てていきます。
まとめ ― コーチングは、自分から始まる
コーチは、
自分が変わり続けた結果として、相手を信じられるようになります。
「自分を信じる力」と「他人を信じる力」は、実は同じ根っこから生えています。
自分の変化を信じられない人が、他人の変化を心から信じることは、とても難しい。
だからこそ、
一番最初にコーチングすべき相手は、いつだって自分自身です。
今日からできる、セルフコーチングの第一歩
1. 自分の「変われない前提」を一つ書き出す
「私は○○ができない/苦手だ」
2. その前提に、問いかける
「本当に?」
「一度もできなかったっけ?」
「もし、少しだけ違う行動をしたら?」
3. 明日、小さな一歩を踏み出す
完璧でなくていい。30点でいい。
ただ、今日とは違う選択を、一つだけしてみる。
あなたが変わった分だけ、あなたの支援は深くなります。
あなたが越えた壁の分だけ、相手の可能性を信じられるようになります。
自分を信じる旅が、他人を信じる力になる。
その一歩を、今日から始めましょう。
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