前回までに、コミュニケーションの「量」と「質」についてお話ししてきました。まだ読んでいない方は、ぜひそちらから読んでみてください。
コーチングを始める前段階として、ラポールを築くことが不可欠であるという話を、これまで繰り返しお伝えしてきました。
ラポールが築けていない段階でのコーチングは、はっきり言ってしまえば、無意味です。
それほどまでに、ラポール形成には時間も労力も必要で、場合によっては、コーチングそのもの以上にエネルギーを使います。
そこで生まれる、当然の疑問
「そこまでして、コーチングって必要ですか?」

もし、コーチになろうとしている人から、この質問をされたとしたら、僕は間髪入れずに、こう答えると思います。
「そう思うのであれば、今のあなたにとって、コーチングは必要ないと思います。」
コーチングは「Give」が前提
いずれ、セルフコーチングについても触れたいと思いますが、基本的にコーチングには相手が存在します。
そして、その関係性の前提にあるのは、Giveの精神です。
「この人のために、何かできることはないか」
そのマインドがなければ、コーチングは成立しません。
そこに
- 「自分が評価されたい」
- 「自分が認められたい」
といったTakeの精神が入り込んだ瞬間、コーチングは、コーチングの手法を使ったマインドコントロールに変わってしまいます。
怖いのは、このTakeの精神が、最初から自覚されることは少ない、という点です。
時間や労力をかけるうちに、
- 「俺が育ててやった」
- 「私のおかげだろう」
そんな思考が、じわじわと顔を出します。
正直に言えば、僕自身も、過去にそう思ってしまったことがあります。

だからこそ、僕は思います。
それは、コーチ失格だと。
では、コーチングを受ける側にとっては?
一方で、コーチングを受ける側から「コーチングって、どうして必要なんですか?」と聞かれたら、僕はこう答えます。

「あなたは、一人でも目標を達成できると思います。ただ、それに10年かかるかもしれません。もし良いコーチに出会い、コーチングを受けることができたら、もっと早く到達できるかもしれない。そして、今思い描いているゴールより、もっと先の、素晴らしいゴールに辿り着く可能性もあると思います。」
コーチングの本質
コーチングの真価は、テクニックや理論にあるのではありません。
コーチングを受ける人が、輝きを増し、生き生きと、人生を飛び跳ねるように歩んでいく。
その過程を、ときには厳しく、ときにはそっと見守りながら、どんな状況でも見捨てず、失敗も一緒に受け入れ、新たな道を共に探し、最後には成功を分かち合う。
その関係性そのものに、コーチングの本質があると、僕は思っています。
そしてこの過程は、コーチングを受ける人だけでなく、コーチ自身もまた、成長させてくれるものです。
だからこそ、コーチングは必要だと、僕は思います。
次回は、ここまでお話ししてきた土台を踏まえたうえで、コーチングのテクニックについて、具体的に触れていきたいと思います。