前回までにコミュニケーション量・会話の質についてお話ししてきました。ぜひ読んでない方は、先にそちらをどうぞ!
コーチングを開始する段階で、ラポールを築かないといけない。ラポールを築けていない段階でのコーチングは無意味とまで言ってきました。それぐらい、ラポール形成っていうのは重要であり、またコーチングそのものより時間と労力が必要になります。
そこで、湧く疑問です。
そこまでして、コーチングって必要ですか?
もし、コーチになろうとしている人が、そのように僕に質問してきたら、僕は間髪入れずに、こう答えると思います。
コーチ
『そう思うのであれば、今のあなたにとってコーチングは必要ないと思います。』
どこかのタイミングで、セルフコーチングについては触れますが、基本的にはコーチングには対相手が存在します。そして、相手に対しては「giveの精神」です。その人のために何か力になれないかというマインドです。そこにtakeの精神を持ち込むと、コーチングの手法を使った、マインドコントロールとなってしまいます。
最初は自覚なく始まりますが、時間と労力を使っていくにつれて「俺が育ててやった」「私のおかげだろ」などtakeのマインドを生じてきます。最初から持ち込むことはなくても、このtakeの精神はとても厄介なことになります。僕は、そんなのコーチ失格だと思います。(僕自身も、そう思ってしまうことが過去にありました。)
そして、コーチングを受ける人が「コーチング(コーチ)ってどうして必要なんですか?」って聞かれたら、私はこう答えます。
コーチ
「あなたはひとりでも目標達成できると思います。ただ、それに10年かかるかもしれません。もし、良いコーチに出会って、コーチングを受けられれば、もっと早く達成することができると思います。もしかしたら、今思い描いているゴールより、もっとその先の素晴らしいゴールへ到達することもできるかもしれないよ。」
コーチングの真鎚は、コーチングを受ける人が輝きを増し生き生きと、人生を飛び跳ねるように歩んでいくのを、時には厳しく、時にはそっと見守り、どんな状況でも見離さず、共に失敗を受け入れ、新たな道を模索して行く、そして最後に成功を一緒に喜び分かち合うことである。
この過程は、コーチングを受ける人も、コーチ自身も、成長することができる。
だからこそ、コーチングは必要だと僕は思う。
次回は、コーチングのテクニックについて話していこうと思います。