― エンジョイベースボールと勝利至上主義の間で ―
少年野球の現場で最近よく耳にするのが、「楽しければ、勝ち負けは関係ない」という、いわゆるエンジョイベースボール的な考え方です。
この考え方自体を否定したいわけではありません。野球を好きになること、楽しむこと。それは、すべての土台です。
でも、それだけで競技は成立するのでしょうか。

競技である以上、勝ち負けがある
野球は競技である以上、勝ちと負けがあり、順位があり、結果が出る構造になっています。
「楽しければいい」
「勝ち負けはどちらでもいい」
この価値観だけで野球と向き合い続けたとき、子どもたちは野球を通して何を学ぶのか。
勝たない野球に向上心が芽生えるのか。
ここに、僕は疑問を持っています。
勝ちたい気持ちは、自然に生まれる
毎週末に練習し、試合に出て、悔しい思いを重ねていく中で、子どもは自然と「勝ちたい」「負けたくない」と思うようになります。
その思いがあって初めて、もっと上手くなろう、もっと良い結果を出そうと、努力の量が増え、創意工夫が生まれるのではないでしょうか。
楽しいだけの野球では、そこに辿り着かないように感じてしまいます。
エンジョイベースボールが増えてきた今、野球人口は増えたのでしょうか。少年野球の時にエンジョイベースボールをやってきた子たちが、上のカテゴリーに行った時に果たして野球を続けられるのか。この議論には、まだ至っていないような気がします。
勝利至上主義との違い
選手の「勝ちたい」と、指導者の「勝ちたい」は違う
- 選手の勝ちたい → 純粋な感情、内発的な欲求
- 指導者の勝ちたい → 指導者自身の評価や立場、結果への執着になりやすい
同じ言葉でも、向いている先が変わってしまいます。
指導者の「勝ちたい」と、「勝たせたい」も違う
- 勝ちたい → 指導者自身の欲(クビになるかもしれない、交代させられるかもしれない、保護者からの批判があるかもしれない、など)
- 勝たせたい → 選手の成長を願う行為
勝利至上主義が生まれるのは、この区別が曖昧になったときです。そして、勝利至上主義の指導者の多くは、チームの結果=自己の評価となっているケースが多いです。
エンジョイと勝利は、対立しないはず
楽しむことと、勝ちを目指すことは、本来、対立するものではありません。
- 勝ちを目指す中に、楽しみを見つける
- 楽しいから続けられる、頑張れる、結果的に勝てるチームになる
問題になるのは、楽しさを全面に出しすぎるか、勝敗にシビアになりすぎる、どちらかに偏ったときです。
僕の勝利との向き合い方
僕は、勝負の世界で勝ちを目指すのが野球であり、そんな中で楽しみ方を各々が見つけられるようにすべきだと思っています。
そのため、僕が監督なら、年間の試合を設計していきます。
勝ちに行く大会
- ベストメンバーで臨む
- 勝つための采配をする
- 結果にも、ある程度こだわる
ここでは、「勝ちたい」を前面に出して采配していきます。
全員野球を目指す大会
- 全員が出場する
- 普段出場機会の少ない選手が中心
- 勝ち負けより、経験を優先する
ここでは、結果よりも挑戦と経験を大切にする。
普段レギュラーだった選手が控えに回り、どんなサポートを受けているのか、応援する側の気持ちを知る。普段出ていない選手は、プレーや自分の結果がチームの勝敗を左右するという緊張感、応援されるという心強さを経験してもらいたいです。
勝利は、目指すべき場所ではあるが、必ず得られるものではない
勝利を、闇雲に指導者が追い求めてしまうと、時として選手の成長を止める可能性があります。
選手は成長の途中です。だからこそ、
- 勝ちたい気持ちは肯定する
- 勝利だけに支配されない
- 主役は、選手の成長
このバランスを保つことが、育成としての野球だと思っています。
敗北が選手の成長になることも多々あります。その時に潔く負けるということも、僕は選手の成長にとって重要だと思います。
勝ちたい気持ちは、悪ではない
勝ちたい気持ちは、悪ではありません。
ただし、誰のための勝利なのかは、常に問い続ける必要があります。
選手の勝ちたいを、指導者の欲で潰さない。
それが、僕が考える「育成としての野球」です。
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