人を支える仕事をしていると、
どうしても忘れられない日がいくつかある。
その中の一つが、
親愛なる後輩に拒絶された日だ。
後輩は、真面目で、勉強熱心で、
こちらが投げた言葉にちゃんと反応が返ってくる人だった。
「打てば響く」——これほどその表現が似合う後輩はいなかった。
だから自然と、
少し気にかける存在になっていたのだと思う。
後輩の人生には、
本人の力ではどうにもならない出来事があった。
その出来事が仕事と重なり、
心も身体も限界を迎えてしまった。
僕はそんな後輩が、そういう状況を打ち明けてくれるまで、
実は全く気づいていなかった。
打ち明けられた衝撃で、正直僕自身が動揺したのを今でも覚えている。
その後、後輩は徐々に職場から足が遠のき、
やがて休むことを選んだ。
その選択自体を、
間違いだと思ったことは一度もない。
むしろそういう選択をしなければ、後輩が壊れてしまいそうだった。
休んでいる間、
何度か話をする機会があった。
後輩は、
怒り、悲しみ, 葛藤、
誰かを責めたくなる気持ちと、
そんな自分を嫌悪する感情の渦の中にいたが、
それも、しょうがないと思った。
そして、同時に、
このままでは抜け出せないだろうな
という感覚が、僕の中から消えなかった。
人は、
苦しい場所に留まっている時、
その原因を誰かのせいにする。
そうすることで、
今この状況が、自分のせいだと思わなくて済むからだ。
それは決して悪いこととは僕は思っていない。
防衛反応としては、とても自然なことだし、苦しい時には必要な時間なのだ。
ただ——
そこに留まり続ける限り、未来へ進み出すことはできない。
だから私は、少し時間が経ってからこう伝えた。
「もし本当に、自分と向き合ってでも前に進みたいなら、その時は力を貸すよ」
励ましでも、指示でもない、僕なりの約束だった。
数日後、
連絡は途絶えた。
拒絶されたのだと、すぐにわかった。
ショックがなかったと言えば嘘になる。
好意を持っていたからではない。
本気で向き合った関係が、一方的に切れた——
その事実が、静かに胸に堪えた。
時間が経った今でも、
時々この出来事を思い出す。
「あの時、別の言い方があったのだろうか」
「もっと寄り添う形もあったのではないか」
答えは、いまだに出ていない。
ただ、一つだけ確かなことがある。
迎合し続けることも、
突き放すことも、
どちらも選ばなかった。
それが正解だったかどうかはわからない。
でも、
後輩を追い込もうとした選択ではなかったと思っている。
支援する側に立つと、
どうしても答えを求められる。
けれど現実には、
答えを持てないまま関わるしかない瞬間がある。
そして時には、
その誠実さが、拒絶という形で返ってくる。
もしあの後輩が、
今はどこかで元気に暮らしていたら。
僕はそれだけで、嬉しい。
この文章も、
誰かを説得するためでも、僕を正当化するものでもない。
ただ、
今もなお、僕の中で解決しない問題であり、感情である。
この答えを出せるのは、きっと後輩だけだ。
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