― 男性エネルギーという視点から考える ―
最近、大学教授の不祥事、著名人の不倫、エリート男性の豪遊や女遊びといったニュースをよく目にします。
※最初に断っておきますが、これは事件や不倫を肯定する話ではありません。
また、個人を断罪するための文章でもありません。
ここでは
「なぜ、同じような構造の問題が繰り返されるのか」
を、人間のエネルギー構造という視点から考えてみたいと思います。
男性エネルギーが強いから、そこに立てる
まず大前提として、
大学院教授、プロ野球選手、社会的エリートと呼ばれる人たちは、
男性エネルギーが非常に強い人たちです。
男性エネルギーとは、
6ヒューマンニーズでいう、次の要素が強く働いている状態を指します。
- 重要感
- 不確実性(挑戦・刺激)
彼らは、競争社会の中で常に結果を求められ、
ライバルに勝ち、業績を上げ、成果を出し続けなければなりません。
その環境に身を置き続けることで、
男性エネルギーは否応なく強化されていきます。
逆説的に言えば、
男性エネルギーが弱い人は、その世界で生き残れません。
教授にもなれない。
プロの第一線では戦えない。
彼らは、
「男性エネルギーが強いからこそ」そのポジションに立っているのです。
強すぎる男性エネルギーがもたらすもの
男性エネルギーが極端に強くなると、
次のような感覚が生まれやすくなります。
- 支配したい
- 服従させたい
- 俺なら大丈夫
- 俺は特別だ
- 俺だけはバレないはずだ
これは、重要感が肥大化した状態です。
さらにそこへ、
「もっと上へ」
「もっと刺激を」
「まだ見ぬ世界へ」
という、不確実性への欲求が重なります。
自信があり、挑戦意欲がある。
行動力があり、結果も出す。
どうでしょう。
とても優秀で、魅力的な人材に見えますよね。
出世するのも、評価されるのも、
自然だと思いませんか。
だから、モテてしまう
男性エネルギーが強い人は、
本人の自覚とは関係なく、モテます。
これは、
すべての女性に無条件でモテる、という意味ではありません。
女性の中にも、
男性エネルギーと女性エネルギーは、両方存在します。
例えば、
社会で出世している女性は、男性エネルギーが強い女性です。
女子校の中でも
「なぜか中心にいる人」
がいるのは、その場で男性エネルギーが強く働いている人がいるからです。
この構造を考えると、
- 強い男性エネルギー
- 高い社会的地位
- 結果を出し続ける能力
- 周囲からの注目
これらが揃った状態で、
豪遊や不倫、女遊びが起きやすくなるのは、
ある意味「自然な流れ」だと私は感じています。
だからこそ、己を知る必要があるのです。
動的エネルギーと静的エネルギー
ここからが、私なりの整理です。
エネルギーには、
動的エネルギーと静的エネルギー
という二つの方向性があります。
これまで述べてきたのは、
男性エネルギーを「動的」に使っている状態です。
では、
男性エネルギーを静的に使うとは、どういうことか。
静的男性エネルギーとは
- 何事にも動じない
- 闘志は内側に秘める
- 騒がず、誇示せず、変わらない
- 一貫した態度で、そこに在る
あえて分かりやすく例えるなら、
- 動的男性エネルギーの象徴:アントニオ猪木
- 静的男性エネルギーの象徴:高倉健
このイメージが近いかもしれません。

動と静、どちらが強いのか
動的エネルギーは、
華やかで、目立ち、賞賛を浴びます。
一方、静的エネルギーは、
一見すると目立たず、評価されにくいかもしれません。
しかし、
静的男性エネルギーがもたらすものは、
- 揺るがない信頼
- 深い尊敬
- 長く続く人間関係
です。
動的男性エネルギーを使い続けると、
欲は際限なく膨らみ、敵が増え、
最後には周りに誰もいなくなることがあります。
静的男性エネルギーを使う人は、
出世争いで一時的に遅れを取ることがあっても、
気づけば多くの仲間に囲まれ、
黙っていても誰かが推薦してくれます。

動から静へは、いつ切り替わるのか
正直に言えば、
その方法は簡単ではありません。
動的男性エネルギーが強い時、
本人は「自分が最強」だと思っています。
この手の話を読んでも、
頭には入りません。
「動の何が悪い?」と思うでしょう。
だから、もしもあなたが、
そういう人を説得したり、説教したり、
間違いを犯さないように、
諭そうとしても無理です。
しかし、
事件、失敗、孤立、疲弊――
そうした経験を通じて、
ふとこう思う瞬間が訪れます。
「このままではいけないのではないか・・・」

そのタイミングこそが、
動から静へ切り替わるタイミングだと私は思っています。
元々男性エネルギーが強い人は、
静に転じても、そのエネルギーの強さは失われません。
- 動じない姿勢
- 一貫した態度
- 騒がずとも伝わる自信
「アピールしなくても大丈夫だ」
「黙っていても人はついてくる」
その感覚が、
さらに静的男性エネルギーを強くしていきます。
それでも、逸脱は起きる
もちろん、
静的エネルギーに移行しても、
再び動的エネルギーに振れてしまい、
不倫や取り返しのつかない行動に出る人もいます。
それは、
男性エネルギーが持つ避けがたい側面でもあります。
だからといって、
すべてが許されるわけではありません。
便利な言葉を使うなら、
それはやはり 倫理観の欠如 と言えるでしょう。
最後に
男性エネルギーは、
社会を前に進めるために不可欠な力です。
同時に、
扱い方を誤れば、
自分自身も、周囲も、簡単に壊してしまいます。
動で突き進むのか。
静で在り続けるのか。
その選択は、他人ではなく、
自分自身が引き受けるものなのだと思います。
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